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鐘撞山・折花宮・ジジイ宮・ババア宮

大室山と鐘撞山

大室山の露払いのように座す鐘撞山(左)

ジジイ・ババアというのは、伝承によれば、戦国時代に武田家臣、小山田行村の娘、折花姫の世話をしていた、「爺や」・「婆や」のことです。

バス停 神奈中バス: 橋本駅 → 三ケ木
バス停 神奈中バス: 三ケ木 → 音久和 登山口
バス停 神奈中バス: 三ケ木 ← 東野 登山口
バス停 神奈中バス: 橋本駅 ← 三ケ木

地図 地図: 鐘撞山 , ヤマレコ

天気 天気: 神之川キャンプ・マス釣り場

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コース & タイム 鉄道駅 橋本駅 バス停 6:53 == 7:27 三ケ木 バス停 7:40 == 8:17 音久和 8:20 --- 8:33 ババア宮 8:34 --- 9:08 ジジイ宮 9:10 --- 9:12 社宮司橋 9:12 --- 9:20 エビラ沢橋 9:27 --- 9:48 折花神社 10:05 --- 10:05 折花橋 10:06 --- 10:18 鐘撞山登山口 10:20 --- 11:45 鐘撞山 12:12 --- 12:59 669m地点 13:00 --- 13:30 袖平山展望地 13:33 --- 14:05 神之川キャンプ場 14:15 --- 15:17 音久和 15:18 --- 15:39 東野バス停 バス停 16:05 == 16:45 三ケ木 バス停 16:54 == 17:31 橋本駅 鉄道駅
※歩行時間には道草と撮影の時間が含まれています。
鐘撞山 かねつきやま:標高 900.1m
単独 2025.11.12 全 7時間19分 満足度:❀❀❀ ホネオレ度:❢❢

11月12日(水)、北丹沢の鐘撞山に登り、鐘を撞いてきました。この山を訪れるのは、ちょうど10年ぶり。山の紅葉の映える、晩秋の一日、折花宮、ジジイ宮、ババア宮と合わせて訪ねてきました。

段落見出し音久和から神之川キャンプ場へ

三ケ木で乗り継いだ月夜野行きバスは、廃止予定路線なので、これまでよりも感謝の心を持って乗っていきました。音久和(おんぐわ)で下車するのは初めてです。バス停は、うら寂し気な場所にありました。驀進する車やバイクに注意しながら、国道413号を横断。歩道橋を渡って、音久和集落に向かいます。草ボウボウの道を登っていくと、素晴らしい展望がありました。道志川の対岸に錦模様の山並みが聳えています。その稜線がくぼむあたりが平野峠でしょう。来た道を振り返ると、道志みち沿いに奥行き感も豊かに、絵のような風景がありました。

道標にしたがって進むと、まず初めに「音久和地蔵尊」がありました。燈篭と幾つかの石仏が並び立っています。きれいに清掃されていて、ここなら夜間に歩いても怖くなさそうだと思いました。その先、坂道を少し登ると「音久和観音堂」で「安産の神様」と書いてあります。どんな神様がいらっしゃるかと覗いてみたのですが、見えませんでした。そこから日の当たる車道を3分ほど歩くと、早くも「ババア宮」でした。石の祠があります。祠を見つめ、命を懸けて折花姫を守った婆やを悼みました。

これより「林道神の川線」をテクテク、「神之川キャンプ場」に向かって歩きます。右手にどっしり威容を見せる大室山、沿道の紅葉などを愛でながら歩くので、飽きません。「京田沢橋」と「みょうが沢橋」には、(旧)青根小学校の生徒が書いた、沢と橋との銘版があります。小学生の字は素直でいいですね。大室山は、みょうが沢橋からよく望めました。ここでようやく立ち木が途切れるのです。大室山を土俵入りの横綱とすると、露払いの位置に控えるのが鐘撞山でしょう。

神之川キャンプ場の直前、「ジジイ宮」も直ぐに分かりました。ババア宮と同様の石祠があります。説明板によると、そこは袖平山の可愛(カワイ)尾根の取りつきで、ジジイが討たれた場所だとのこと。姫を守りながら山中に逃れ、最後は姫だけでも何とか逃がそうとして、自身はここで倒れたジジイ。今は天のどこかで、姫・ババア・他の者たちと平和に暮らしているのでしょうか? 伝承によると、津久井三姫(折花姫・雛鶴姫・櫛川の姫)はいずれも悲しく世を去りました。

段落見出し折花宮へ

引き続き、林道神の川線を上流方向に進みます。神之川キャンプ場はマス釣り場にもなっていて、植えられたモミジの紅葉がひときわ鮮やかでした。対岸に見覚えのある橋が架けられていますが、そこがきょうの下山口です。そのキャンプ場から10分ほどで、エビラ沢橋に到着しました。「エビラ沢の滝」に行く道は、沢の修復工事のため、現在立入禁止となっています。でも、林道のエビラ沢橋から何とか滝を望めました。右手の空には、大室山の茅ノ尾根がゆったりと長い稜線を見せています。

林道神の川線を進むにつれ、鐘撞山が近づいてきました。登山口からの標高差は400mですが、あまり高くないように見えます。大室山に圧倒的な存在感があるからでしょう。その後、小瀬戸トンネルに入るのですが、川砂を運ぶ大型ダンプカーが行き交う怖い道なので、小走りに通り抜けました。トンネルを出ると、そこは「うらたんざわ渓流釣場」です。先ほどのマス釣場よりもたくさんの釣り人たちが来ていました。澄んだ水に、魚影がたくさん見えました。

エビラ沢橋から20分で「折花神社」に到着しました。神之川がコの字状に屈曲するところ、折花橋の直前です。その赤い鳥居の前でリュックを下ろしました。そして鳥居の奥の社に行き、折花姫とすべての(両軍の)犠牲者を悼みました。いつか彼らと出会うときが来ます。別れ際に社をフラッシュ撮影したら、中心に置かれた円い鏡が光りました。私はリュックを置いた場所に戻り、もぐもぐおやつタイム。これから鐘撞山に登るため、炭水化物の補給です。

段落見出し鐘撞山へ、ルートミス

古い登山地図にある、折花橋から鐘撞山北東稜(県境尾根)に至る破線の道は、廃道扱いになっています。これはスルー。次に長さ126mの大瀬戸トンネルをまた小走りに抜け、川砂の採取場を左に見ると、そのすぐ先に「神之川分校跡」がありました。説明板に、大正12年の関東大震災で壊滅した神之川集落は当時70戸ほど。分校の生徒数は、男7名、女5名であったと書かれています。犠牲者があったかどうかは書かれていません。そしてさらに1分歩くと、鐘撞山登山口の標識がありました。

登山口に空き地があり、作業員の車が数台置かれていました。片隅に雑多な廃棄物が棄てられていて、雰囲気はあまり良くありません。廃棄物の中には、二宮金次郎少年のコンクリート像もありました。きっと、分校にあったものでしょう。その空き地を通り抜けて、さっそく登山道に取りつきました。一般登山道ということになっていますが、寂れた感があります。道標は朽ちて、地面に落ちていました。登山道と言うよりは、踏み跡を探して辿る道です。

地面に落ちていた「折花分岐・県界尾根」と書かれた標識を見て、間違ってその道に進まないようにと思ったのに、踏み跡に誘導されて「折花分岐」方面に進んでしまいました。しばらく進むと、その踏み跡は尾根を登らず、出合う尾根を巻くばかり。これはおかしい、間違えた! と気付いたところで、きっぱりUターン。来た道を少し戻ったのですが、この辺りは林業の作業地なので、どこでも登れると思いました。そこで近道をしようと、元の登山道と出合うまで斜面を半ば強引に登っていきました。

段落見出し鐘撞山で鐘を撞く

登山道に復帰してからは、もっと慎重に登りました。しばしば道形が不鮮明だったり、すっかり消滅したりしていますが、尾根の中心を外さないように登ることで、山頂に導かれていきます。眺望は全くと言っていいほどありません。でも山頂に近づくと、私の好きなカラマツが多くなりました。漢字で落葉松と書くように、きれいな黄葉になっています。そして登山口から85分(途中のロスタイム20分を含む)で、鐘撞山の山頂広場に到着しました。見覚えのある鐘が、相変わらず静かに佇んでいます。

小槌を右手に、録画モードのカメラを左手に、思いを込めて鐘を打ちました。静寂の山間に鐘が鳴り渡ります。(⇒ 鐘の音) 録画停止後も、鐘に耳を寄せると、小さな余韻が長く続いていました。一方、山腹の錦はオレンジ色を基調に、朱色から緑色までのグラデーション。いつしか曇り空になっていたので、おとなしい色彩です。でも山や木々を眺めているうちに薄日が差してきました。やわらかな光線がカエデの葉を透過し、控えめながら、お日様マジックが現れました。

鐘撞山ではお茶と軽食で30分ほど休憩しました。腰を上げ、鐘と小槌に「今日の日はさようなら」を言い、下山の途に就きます。時間はあり余るほどあったので、木々やキノコ、ドングリなど、あれこれと見ながら、ゆっくりと下っていきました。鐘撞山頂からキャンプ場までの尾根道は、10年前に一度歩いた道です。でも見覚えのあるものが何もありません。10年の風雪によるのでしょうか? わずかに、手製の小さな標識と、テレビの共同受信アンテナだけ、はっきりと見覚えがありました。

段落見出し再び音久和へ

14時5分、神之川キャンプ場に下り立ちました。今朝と同じように静かなキャンプ場。釣りをする父子が1組、バーベキューをする若者たちが1グループ。鮮やかな朱色のモミジの植木が点々と立ち並び、「ここで少しゆっくりしていきなさい」と言われている気がしました。定員1名の桟橋を渡りながら、神之川の上流と下流を眺めます。10年前の10月は、川原で遊ぶ子供たちの声がにぎやかでした。その声が山道まで聞こえてきて嬉しかったことをよく憶えています。

キャンプ場では10分ほど休憩しました。再び林道神の川線を歩いて、音久和に戻ります。林道わきに咲く野菊の、白、黄、うす紫。きょう山中で花を見なかったので、より愛おしく思いました。青空が戻り、足はすこぶる軽快。みょうが沢橋で大室山と鐘撞山を再び眺め、「ありがとう」と心の中でつぶやきました。音久和の集落に戻り、地蔵尊に差しかかると、ちょうど地元の男性が掃除をしていました。「こんにちは」 を交換します。この方と出会わなければ、きょうは無言の山行になるところでした。

段落見出し青根小学校跡に

音久和から東野まで、国道413号を約1.4km、20分程歩きます。「道志みち」と呼ばれるこの国道は、多くの車やバイクが驀進するので気を抜けません。途中、大川原入口バス停から右手の旧道に入ると、静かになって、ほっとしました。落ち着いた人里を歩いて、気持ちよくゴールに向かいます。昭和レトロの「玉利屋商店」を過ぎると、対照的におしゃれな「津久井青根簡易郵便局」があり、その横で三ケ木行きのバスが待機していました。ここでヤマレコアプリを開き、『登山を終了』しました。

残り時間で青根小学校跡を訪ねます。夫婦樹のようなクスノキの立つ正門跡から校庭に入ると、大きな石板に「青根小学校木造校舎」のカラー写真がありました。焼けずに残って欲しかった校舎です。かつて生徒たちが遊んだ、今は誰もいない校庭に立ち、正門の彼方の袖平山と黍殻山を眺めました。先生や生徒たちが毎日見ていた、ふるさと青根の山。私にとっても懐かしい山です。

木の葉ライン

↓ 紙芝居



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